400字感想文

感想文の書き方ページ

HPアドレス=http://members.tripod.co.jp/bunchan/kansou.html

 学校などの課題で与えられる感想文て、いつも嫌な思いをするよね。学校の先生は「自分の感じたこと、思ったことをそのまま書きなさい」っていうけど、書き方は全然教えてくれないわ。

 そうそう。そこで、ここでは世界文学作品について感想文を書く時のテクニックを考えてみたよ。世界文学作品の感想文っていうだけで、他の作品の感想文よりも一歩抜け出していると思うから、読書感想文コンクールで賞がもらえたりなんかするかもしれないね。 その他の作品にも応用できると思うから参考にしてね。

 りえりんさんから素晴らしいアイデアをいただきました!
 今年『塩狩峠』(三浦綾子)を読んで人の命について自分が思っていることを書いて、ほとんど論文状態になってしまいましたが、「学校代表」という地位をもらえました。 今までは、学年ベスト3だけでしたが・・。 だから、読書感想文は内容に触れなくてもいいと思いますよ。私は内容について一言も 触れませんでしたから。 登場人物の行動を自分と比較すると書きやすいんではないかと思います。(2000年11月3日)。

 僕は最初と最後の3行をしっかり書くようにしているよ。例えば、

「目の前にまるでミシシッピ河の川辺の景色が浮かんでくるような、さわやかな冒険小説でした。…………今度、トムと一緒に海賊になって、ミシシッピの川辺を素足で走ってみたいです。」『トム・ソーヤの冒険』

「心の深奥から発する協奏曲が奏でる魂の叙事詩に感動した。…………ジャンはこの世に存在しないが、彼の魂は永遠に僕の胸に宿り続けることだろう。」『レ・ミゼラブル』

なんて、どうかな? 友達に聞いたんだけど、読書感想文コンクールなどで、審査員の先生は、まず最初に最初と最後の文を読んで、選考していくんだって。

 私は、作者や主人公宛に手紙風に書いて、あるコンクールで優秀賞をもらったわ。手紙って、自分の感情を素直に表現できるものね。最初と最後ははこんな風に書いたと思うわ。

「アン、こんにちは。初めてお便りします。…………今日は空想での話しただけだけど、今度は素敵なティーパーティでお話しましょうね。」『赤毛のアン』

 私は、登場人物と会話する形でよく書くわ。楽しく書けるわよ。こんな風にね。

ハンス:「だって彼はぼくの友だちですから、彼を見捨てることはどうしてもできないんです。」 うさぎ:「私もそう思うよ。ハンス。友達って世界で一番かけがえのないものだものね。」『車輪の下』(ハンスの会話の引用は『車輪の下』(新潮文庫)より)

 ただ、話の筋がわかるように書かないと、感想文を読む人に、なんのことか、わからなくなっちゃうんだけど……。

 僕は感想のところどころに、作品から文を引用して、それについて感想を書いたよ。例えば、『赤毛のアン』の最後の方、アンが この先、人生には多くの曲り角があって、その先に何があるのかはわからない、といった内容を語る部分があるんだけど、僕はここを引用にして、それについての自分の考えを書いたよ。自分が感動した箇所って、それなりに感想が書けるものね。これって、すごく使えるテクニックだよね。でも、あんまり引用しすぎると、感想じゃなくて、粗筋になってしまうんだけど……。

 僕は登場人物と、それに関係していそうな歴史人物や他の作品の主人公を比較して、感想を書いたよ。喜劇王のチャップリンと楽観主義の王女のアンを比較して、どんな時でも希望を失わないことが大事だってね。

 作品の内容に関係した詩を入れて、文末を飾るのも、いいんじゃないかな。あと、自分で作品に関する短歌を作って、最後の締めとして飾るとか。

 あと、感想のどこかに、作品を通して何を得たか、ということを入れるのも大事だよね。例えば、『異邦人』の主人公、ムルソーを通して、「人間はつまらぬことや、ちょっとしたことで罪を犯しがちである。僕は普段から、何ごとにも真剣に取り組んで、油断しないようにしようと思う。」なんて書くと、かなり感想文らしくなるんじゃないなか。

 そういえば、僕は感想というよりも、その作品に関して、詩をかいたよ。原稿用紙の行数もかせげるし、学校に提出するぶんだけだったら、充分だよね。

 主人公について、感想を書く人がほとんどだと思うけど、脇役にスポットをあててみるのも、いいと思うよ。文豪は作品のどの登場人物も無駄には書いてないから、登場人物一人ひとりについて、どこが好きか、なぜ好きなのか、自分と較べると、どうなのか、なんて考えていくと、たくさん書くことがあるよね。

 本の表紙に印象づけられて、書いたこともあったよ。『赤毛のアン』(新潮文庫)の表紙は水彩画の田舎町の絵なんだけど、僕好みの絵で、印象づけられたんだ。だから、感想文に「最初に本をこの文庫本を手に取った時、表紙の淡い水彩画が目に飛び込んできた。手前に教会があり、まん中の道が奥の方まで続いている。そして、その道のなかばに、男の人と女の人らしき人物が乗った馬車が、描かれている。『この二人は誰なんだろう。そして、この場面は何を描いているんだろう』そんな思いが僕の中に木霊していた。そして、本の中身を開いてみると、それはその表紙の通り、素敵な、美しい話だった。」て、書いたんだよ。

 そういえば、私は挿し絵について、書いたことがあるわ。『レ・ミゼラブル』(岩波文庫)の中には、とっても素敵な版画の挿し絵があって、より物語を印象づけてくれたわ。感想文には、「小さなコゼットが、彼女の体ほどもある大きな帚を持って、じっとこちらを見ている挿し絵は、私に深い同情を、起こさせた。また、コゼットは、まさしくユゴーがいうように、『泣かないひばり』とうことを深く感じた。何が、彼女をこんなふうにさせたのか。テナルディエ? 女将さん? エポニーム、アゼルマ? いや違う。社会の悪が、彼女をこんなふうにしてしまったのだ。」て、書いたわ。

 とにかく感想文は、自分の感想を読んでくれた人に、「あ、この本、読みたいな」って、素直に思わせることが、大事だとおもうんだ。じゃ、実際の感想文をみてみよう。

400字感想 > 参考感想文

アンとおしゃべり……『「赤毛のアン」を読んで』

 「グレイス?クリスティーナ?アナベル? ううん、違うわ。あなたにはアン、アンって言う名前がぴったりよ。そのスリムな体は、紺青のドレスを着ると、ちょうちん袖なんかなくてもまるで貴婦人のようよ。
 あなたのその目は、まるでマリラのあの紫水晶のブローチみたいに、いつも命の喜びで満ちあふれているわ。そして、あなたのそのすばらしい髪の色。歓喜の白い道、すみれの谷、輝く湖水、どこにいってもあなたのその髪が映えるわ。その髪のおかげで、あんたは幾億倍も素敵な人生を歩むことができるのだから、本当に幸せね。私はあなたの髪を『この世の至福』と呼ぶことにするわ。いいでしょ?アン。 ――あなたの想像力は、本当に言葉ではいい表せない程ロマンティックよ。それにあなたって本当に『詩人』ね。あなたのその一言一言は詩で溢れているわ。そこには春も夏も秋も冬も、庭に咲く花達の囁きや、風にそよぐ木々達のざわめき、それに夜空に瞬く星達の悲しみも、世の中の全ての美しいものが詰まっているわ。
 そして、どんなものでも命輝いて見える、どんなに状況が悪くてもそれを美しく、強く、逞しいものにかえるその心は本当にすばらしいわ。ああ、なんて言ったらいいのかしら。そう、あなたは『楽観主義の王女様』よ。――ねえ、アン。わたしはあなたに心の底から誓うわ。太陽と月が存在する限り、わたしはあなたの永遠の親友であることを。」


偉大なる魂の交響曲……『「レ・ミゼラブル」を読んで』

 彼には空も海も鳥も花も草木も太陽も月も、全ての自然が備わる。その心には宇宙の偉大なる響きが木霊している。聞こえるか、彼の叫びが。どんな荒波が起ころうともものともせず、帆をかかげすすむ勇気ある彼の魂は我が胸に深く突きささる。
 おお、ジャンバルジャン。お前はどうしてこれ程までに強いのか。わずか一本のフランスパンを盗んだがために19年間という長きの間牢獄に入れられたジャン。しかし、彼のその深奥は決して汚れてはいなかった。ミハエル司教のその慈愛に助けられ真の人間に目覚めたジャン。
 真の人間? それはどこまでも弱気者のためにつくすこと。大きな水の入った桶を抱えて、くらい夜道を歩いてコゼットにそっと手をさし述べたジャン。ジャベールを許してやったジャン。自分の命をかけてまでマリユスをすくったジャン。彼の世界の一瞬一瞬がその魂を他人に捧げることにあった。
 すべての幸福は人間のその深き魂の叫びから発することをお前は教えてくれた。さあ、安らかに眠りたまえ。お前の魂を受け継ぐ者は万といる。肉体は消え去ってもその魂は永遠となり、未来永劫まで語り継がれるだろう。


ミシシッピーの川辺……『「トム・ソーヤの冒険」を読んで』

 ミシシッピーの川辺の香りが今にの漂っていそうな物語でした。大自然のなかで伸び伸びと生きるトム。少しいたずらが過ぎるけど、それはちょっと好奇心が旺盛なだけ。僕はそんなトムが大好きです。
 どんなに辛いことがあっても次の日の朝にはけろっと忘れて、また新たな冒険に出かける彼を見ていると、僕はなんてちっちゃな事で悩んでるのかなって思ってしまいます。
 トムは絶対ピンチの時でも常に何か素晴らしい事を思い付きます。また、暗い洞窟の中に閉じ込められてしまった時は本当にどうなることかと思いましたが、ベッキーと共に生き延びることができました。それはトムが持ち前の楽観主義で最後まで諦めなかったからです。
 最後にトムが宝物を手にした時は本当に拍手を送りたくなりました。トムがこんなにも茶目っ気たっぷりなのもひとえに村の浮浪児のハックという素晴らしい友人をもったからだと思います。トムには人の表面だけに捕われずに、人を洞察する力があるのだなと思いました。常に新しく刺激的なものを求めているからこそいろいろな人間とも出会えるし、そういう出合いの中で人間は成長していくんだなと思いました。いつの日かミシシッピーの川辺を素足でトムを思いながら、走ってみたいです。


思想の集大成……『「アンナ・カレーニナ」を読んで』

 トルストイの思想が全てつまっているともいうべきこの作品は私に深い感動を与えてくれた。
 アンナを通して人を愛するには相手に自分の考えを譲らなければならない時もあることを知った。コズヌイシェフの死を通して死ぬということは不幸なことであると同時に幸せでもあることを知った。リョーヴィンを通して信仰とは何であるかを深く考えさせられた。ワリーシカは人につくすということは無意識のうちにできてこそ本物であることを学んだ。
 また、数多くの登場人物の会話を通して、当時のロシア社会の問題点、芸術、狩猟に関する知識、農家の日常生活、貴族社会、しいては民俗問題までも学ぶこととができた。
 私がことさらに感動を覚えたのは、トルストイの人物や自然に対する描写である。リョーヴィンが友人達と狩猟に出かける場面の描写は本当に木々のざわめきや、小川のせせらぎが聞こえてくるようであった。
 また、人物の心の思いを会話と同じくらいに多様しており、その人物の性格が手にとるようにわかった。
 私にとってこの小説はアンナが主人公であるというよりも、むしろリョーヴィンが主人公であった。トルストイは彼に、人間の根本の問題である生と死、また何の為に存在するかを語らせている。これは私にとっても大きな問題で、その解決を模索している。結局、明確な解答は得られなかったが、それでも自分の人生に喜びを与えてくれるものがどこかに存在することをわからせてくれた。もっと明確な解答を得るためにトルストイの他の作品を読み続けたいと思う。


不条理の極み……『「異邦人」を読んで』

 人はつまらぬことで罪を犯しがちである。主人公ムルソーはごく普通の人間であるのに、殺人という罪を犯してしまった。私は普通の人間であるがゆえにこういう罪を犯してしまったのだろうと思った。人間は誰しも多かれ少なかれ環境に左右されるものである。ムルソーは彼が罪を犯した原因を太陽の光線のせいだといった。私にはなんとなく解るような気がする。なにもかもうだるような熱さの中、人間にふと普段は表れないような魔が出てきても、けっしておかしくはない。その時に自分のその弱さに打ち勝つことができるかどうかが、その人の人生を決定する重要な要素であると思う。
 説は一人称で語られているため、ムルソーが何を考えているかが、よくわかった。彼はただ時の過ぎるがままにその場その場を生きているように思った。また正直すぎるとも思った。母の死に深い悲しみをしめさなかったばかりに、非情な人物と見られ、それが原因で殺人も犯したと思われた。実際は彼の言う通り、うだるような熱さ、またギラギラの太陽が彼の中の何かをはじいてしまったのだろう。いかなる環境にも左右されない強い自分を作らなければならないと思った。


美しき少年時代……『「車輪の下」を読んで』

 どうしてハンスは死んでしまったのだろう。どうしてヘッセはハンスに死を与えてしまったのだろう。読書後最初に抱いた感想がこれだった。それでもハンスの死の原因が具体的に自殺とは断定していないところに救いはあった。
 ハンスは優秀な成績で神学校に入るが、そこでのあまりにも厳しい生活に疲れて、精神病になってしまう。この小説はこのことによく焦点があてられ、教育制度を批判をしたものだと受け取られがちだが、僕はそれよりもこの小説全体に流れる詩のような雰囲気に感動した。またヘッセの描く少年の心は非常に具体的で共感できる部分がたくさんあった。僕に思い当たるふしも数多くあった。
 ハンスが死んでしまったことは悲しいが、それでもどこかに生きることの意味や希望があることを教えてくれた。人間はまがりながらも生きていかなかればならない。たとえ周りに手を差し伸べてくれる人がいなくても、自然の営みがそれを癒してくれることもある。そういうことをこの小説は教えてくれた。